ミステリーやホラー、恋愛にまでジャンルを伸ばし、人気となっている小説家・乙一。その実力と評価は知っての通りかと思われますが、実は乙一名義だけでなく、「山白朝子」「中田永一」という、他の2つの名前でも小説を発行しているのです。
当初は3人共別人で、特に女性の山白朝子の方に至っては「1973年大分県生まれ。出版社勤務を経てフリーライターになった経緯を持ち、趣味は焚き火」というプロフィールまで書いていたのです。あの乙一と同一人物何て、気付きませんよね。
じゃあ別人設定にしたからには、乙一とは別の作風で書いているのかな?と疑問に思う人も多いと思われます。そこでこの記事では、乙一の別名の2人、「山白朝子」「中田永一」の詳細と作風について解説していきたいと思います。
ホラー小説が得意な乙一の別名・山白朝子について!
先ずは1人目の別名・山白朝子です。彼女は2005年怪談専門誌『幽』に掲載された短編『長い旅の始まり』でデビューし、以降は読者をゾクッとした恐怖に陥れるような描写が得意な、怪談作家として活躍します。
デビュー作が収録されている『死者のための音楽』では、様々な形の「家族」をキーワードにしながらも、ホラー特有の語り手の周りで起こる不可解な現象の数々には、寒気がするような怖さもあります。
しかし、乙一自身がこの作品の帯に「これは愛の為の短編集だ」という言葉を寄せていることから、其々の家族への愛が詰まった作品集ということでも理解できます。
二作目の『エムブリヲ奇譚』は4、500年ほど前の日本を舞台に、作家・和泉蝋庵とそのお付きの耳彦が旅先で出会う、様々な奇妙な出来事をもとにした短編集です。
耳彦は給与こそ貰っていましたが、旅作家なのに何度も道に迷うという、和泉の悪癖にうんざりしていました。しかし博打で生んだ借金返済の為、耳彦は和泉の旅の同行を余儀なくされていました。他の旅本に書かれていない情報を探していく内に、2人は奇妙な出来事に巻き込まれていく――。
山白朝子には猟奇的な描写こそありませんが、読んでいく内にぞくっとする怪談作品が多いです。その点は自然な残酷描写が特徴の乙一と同じかもしれませんね。読んでいくといつの間にか文字の中に現れた残酷描写に惹かれていく、といいますか。
乙一の別名にして稀代の恋愛小説家、中田永一とは?
もうひとつの乙一の別名は「中田永一」です。彼は山白朝子と同様、2005年に出版された恋愛小説のアンソロジー作品『I LOVE YOU』の中の『百瀬、こっちを向いて。』で一躍有名になりました。同作品は、2014年に映画化もされています。
最初から他人を外見と精神の良し悪しを総合した「人間レベル」の2、という評価を自分にしていた相原ノボルが、誰に対しても対等に物を言い、堂々と生きる百瀬陽という少女と疑似恋愛をすることになり次第にノボルに変化が訪れていく、というホロ苦く甘酸っぱい作品です。
合唱部を舞台に、美人ピアニストが顧問になった所為で女子部員しかいなかったのに、練習を真面目にしない男子部員が複数入部する、ということから始まる作品です。中学生と言う、複雑で傷付きやすい多感な時期を、合唱部を軸に鮮やかに、感動的に書き切った作品となっています。
これら中田永一名義の作品から読み取れるのは、乙一の恋愛小説でも含まれていた優しさと、読んだ後の暖かさです。『きみにしか聞こえないCALLING YOU』に代表されるような、乙一の作風の美点である、人と人との触れ合いにより生まれる暖かさが、中田永一作品にも描写されています。
まとめ
乙一の別名の2人の作家、「山白朝子」と「中田永一」について其々書いてきました。ここでその特徴をまとめます。
①山白朝子名義では、乙一特有の惹きこまれる怪談作品、独自の恐怖描写が描かれている。
②中田永一では、恋愛小説の暖かさと鮮やかさが全面に出されている。
どちらがどう、という訳でなく、どちらも乙一の書く作品の良い所を抜き取って別人が書き綴ったような作品になっていることが分かります。
乙一はそのふり幅の広さから、様々なジャンルに精通しているので、このような別名義でも、最初は乙一だと全然分からなかった、というのも頷けますね。
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